2019年に東京都教育委員会が策定した「都立高校改革推進計画・新実施計画(*)」の中で、理数教育の推進が示され立川高校の普通科の一部が理数科に改編されることが決まりました。
この背景について、鈴木さんはこう語ります。
「日本の成長基盤をより強固なものとするためには、いわゆる文系理系の別によらず、あらゆる技術の根底にある理数系分野の素養が必要になります。
ただ理数系の教科が得意であれば良いのではなく、それらを使って新しい価値を生み出していく創造性が重要になっていくでしょう。そのような創造性をもった人材を育成するという設置のねらいに沿うよう、東京都教育委員会により、”創造理数科”という名前が付けられました。」
鈴木さんに、新しい価値とは何かを聞くとこう答えてくれました。
「私の主観でいうと、“人の幸せ”と“持続可能”ということだと思っています。ここ数年話題になっているSTEAM教育のAには色々な解釈がありますが、私は“どうやったら人の幸せにつながるか”、“どうしたら世の中を良くしていけるか”という“人間らしさ・感性”のようなものだと解釈しています。創造理数科は単に理数教育にのみ重点を置く学科ではありません。」
入学式から1ヶ月経った5月半ば、創造理数科の生徒を対象に八丈島で2泊3日の研修旅行が行われました。そこでは興味深いフィールドワークが行われています。
「何のために八丈島に行っているかというと、彼らの思考構造をぶち壊すためです。“どうしてここには草が生えてないの?”とか、“なんでこういう地層があるの?説明してみて”という疑問を、教員が生徒たちにぶつけるんです。生徒が答えたら、またそれに対して“どうして?”と聞いて突き詰めていく。」(鈴木さん)
鈴木さんはフィールドワークでたまたま見つけたという、国の天然記念物であるオカヤドカリの写真を見せてくれました。
「オカヤドカリが背負っているのは貝ではなくプラスチックのキャップのようでした。これを見つけたとき、生徒たちはきっと“どうしてこうなったんだと考えたのではと思います。教員は通常、事前に準備してからフィールドワークに臨みますが、当然分からないこともあります。そのときは生徒と一緒になって考えるんです。」
1学期に行われた創造理数科企画は他にも「アート・セッション」があります。東京フィルハーモニー交響楽団コンサートマスター近藤薫さんを筆頭に、弦楽四重奏の演奏家4名がレクチャーを交えながらさまざまな曲を演奏します。
「アート・セッションの後半、生徒たちは近くの緑道に移動しました。川の流れる音や鳥の鳴き声が聞こえる中、生徒たちはジョン・ケージが作曲した”4分33秒 “の演奏を聴きました。」
「4分33秒」は楽譜に4分33秒という演奏時間が指定されているだけで、演奏者が出す音響の指示がありません。そのため演奏者は音を出さず、聴衆はその場に起きる音を聴くことになります。
鈴木さんは、生徒が書いたアート・セッションの感想についても話してくれました。
「『形容詞しがたい感情を分類せずそのまま持っていることも必要』という感想がすごく面白いと思いました。人はどうしてもカテゴリーにはめたくなります。感じたまま、モヤモヤとしたままの感情を大切にするという考えはとても重要ですよね。」
この取材をするまでは、理数教育に特化した授業を多く行っていると思っていました。
しかし八丈島でのフィールドワークは当たり前を疑う姿勢を養うもので、生徒たちが科学的な思考を身につける一助となるのではないかと感じました。
さらにアート・セッションのお話を伺い、そういった科学に対する姿勢を身につけるだけでなく、感性の大切さにも気が付ける体験になっているのだと感じました。
後編では、SSHに指定された頃から行なっている課題研究について伺います。私が高校生の頃に行われていた総合学習とはまるで違い、驚きの連続でした!
執筆:佐藤春恵