ーー前回は幅広い層をターゲットにしているということをお伺いしましたが、プログラムによって特定の層に対象を絞ることはしないのでしょうか。
対象を絞って観察することもあります。
例えば、2008年に高校生を対象にしたプログラムを作りました。”Cool Jobs “と呼ばれるものです。高校生たちは大学で何を学ぶかを決める時期なので、トップレベルの科学者を招いて彼らの仕事について話してもらうことは、彼らにとって実用的で有益だと考えました。
実際に参加したのは12歳から14歳のティーンエイジャーでしたが、私たちは彼らの興奮ぶりに驚きました。なぜなら彼らは科学者に会うために、ステージに殺到したのです。
アメリカでは、この年齢層の関心を惹くことが最も難しいという調査結果が出ており、科学や数学への関心が薄れがちな時期でもあります。
このプログラムで見られた光景は私たちにとっては嬉しい誤算でした。この年齢層の子どもたちをさらに惹きつけられるよう、いま試行錯誤をしているところです。
ーーその年齢は日本でも「理科ばなれ」が進行すると言われています。彼らを惹きつけることのできるコンテンツは重要ですね。
しかし、こんな現実もあります。
例えばニューヨークでは、美術館や舞台芸術、バレエ、オペラには行くけれど、コロンビア大学や自然史博物館の講義には行かないという人たちがいることが分かっています。
私たちはどうしたら彼らに興味を持ってもらえるのか考えました。
そこで芸術作品の中に存在している科学に注目し、舞台芸術の作品を作り始めることにしたのです。
私たちは当初から、”プロダクションバリュー”を大切にしてきました。プログラム全体がショーとして考えられているからこそ、観客を惹きつけることができるのです。だから、劇場に足を運んで、会場のワクワクするような”ざわめき=buzz in the room”を感じてもらいたいんですよね。ただあくまで知的なコンテンツなので、演出やストーリーの伝え方には細心の注意を払います。そのために非常に高いハードルを設けていますし、科学的に正確かどうか確認するためのハードルも高いのです。
ーーそういった”ざわめき”を持った場は、普段の科学イベントではあまり体験できないような気がします。日本で同じようなものを再現しようとするなら、どういった工夫が必要でしょうか。
日本の一般の人たちに、普段は行かないようなイベントへ足を運んでもらうにはどのような要素を組み合わせればよいのか、私なりの考えをお伝えしますね。
重要なことは、直感と、”想定の斜め上を狙う意欲”だと思います。それと同時に、常にコンテンツに誠実であることが重要です。
アートとサイエンスを両立させる場合、注意しなければすぐに破綻してしまいます。だから、無理にバカバカしいことをやってはいけません。さもなくば、科学者も参加者も好まない状況を生んでしまいます。
ワールド・サイエンス・フェスティバルでは、風船も爆発する試験管も使いません。美術、音楽、映像に関して、私たちは特別な視点を持っています。
「意外な場所でプログラムを開催すること」も重要です。
私たちは講義室のような場所ではプログラムを行いません。劇場、公園、博物館、舞台芸術の会場などを利用します。
来場者にはその時点で、「従来の講義のような科学イベントとは一線を画した、新しく思いがけない体験をすることができる」と伝えることができます。ワールド・サイエンス・フェスティバルのプログラムに足を踏み入れた瞬間、音楽、映像、環境全てが、観客に特別な体験になることを告げているのです。
一方私たちは過激で安易に奇をてらうようなことは行いません。大衆に媚びるようなプログラムは、科学者も観客も好まないのです。これは非常に微妙なラインです。
プログラムの中でトップレベルの科学者をどのように活かすか、ということもまた重要です。
ワールド・サイエンス・フェスティバルの大切な主役は、科学者の代弁をするコミュニケーターではなく、科学者自身です。ですが科学者はエンターテイナーではありませんし、そのような役割を負わせるべきではありません。科学者たちが何者であるかを考慮し、適切な役目を割り当てる必要があります。
ーートレイシーさんのお話を聞いていると、観客だけでなく科学者を本当に大切にされているのが分かります。
私たちも現在、科学者をゲストに招いてお話をするPodcastを配信しています。このように科学者ではない人が科学者と対談するメディアでは、どのような思考が必要でしょうか?
理想的なのは科学の知識を持つ人がいることです。科学者である必要はありません。
ただ、それよりも、内容を尊重し、責任感のある優れたジャーナリストであることの方が重要です。
私は人を雇うとき、それを念頭に置いています。編集者としての確かな判断力に欠ける人は採用しません。
物理学の博士号を必ずしも持っている必要はありませんが、役に立つ場面はあるでしょう。しかし、学術的な訓練を受けているだけの人は、科学の創造的なストーリーテリングの重要性を十分に理解していないことが多いのです。
簡単な答えがあればいいのですが…まずはコンテンツ制作に携わる人が、科学の伝え方を間違ったり、コンテンツとしての質を軽視しないことが大切だと思います。
ーートレイシーさんはこれからどのような分野に力を入れていくのでしょうか?
コロナの影響で中止していた対面で行うプログラムを再開していきたいです。
例えばオーストラリアのブリスベンでのプログラムは今年で8年目を迎えますが、他の国への展開が遅れているので、世界中の新しい場所へ拡大させたいと考えています。
また、教育用のオンラインプラットフォーム「World Science U」を立ち上げ、私たちの培ってきたプログラム制作のDNAを、教育課程に応用していく予定です。
ーー日本でも、科学がより多くの人に届くように活動を続けていければと思います。トレイシーさん、ありがとうございました!
「多くの人に科学を届ける」というミッションはサイエンスコミュニケーションにおいて非常に重要ですが、今回のインタビューを通じて、トレイシーさんからその手がかりが多く得られました。
実践の一つとして、私たち一般社団法人LeaLは日本最大級の科学イベントであるサイエンスアゴラ2022への出展を予定しております。
多くの人に科学に触れてもらえるようなイベントを企画しておりますので、ぜひチェックしてみてください。
日本のサイエンスコミュニケーションがもっと盛り上がるよう、これからもLeaLは活動を続けます!
執筆:Ann Yamamoto、小池 拓也、瀬戸 彩季、佐藤 春恵