2024.10.25

科学を魅力的に伝える「話の構造」とは? 元生物学教授のハリウッド映像作家が語る

私たち一般社団法人LeaLが設立以来ずっと取り組んでいる「サイエンスコミュニケーション」。
その中の一つの課題として、「どのようにすれば、専門的な話を魅力的に伝えることができるだろうか?」というものがあります。
何も工夫しないと、聞き手にはすぐに「難しくてよくわからない」と思われてしまいがちな科学の話。
筆者(小池)自身もサイエンスコミュニケーターとして活動していますが、いまだに正解が見つからず悩み続けています。


今回は、このような「専門的な話を伝える」ことに対して効果的にはたらく「ストーリー」の力について、とある方にインタビューをしてきました。
その方は、2015年(日本での発売は2018年)に『なぜ科学はストーリーを必要としているのか』という本を出版したランディ・オルソンさん。
ランディさんは生物学の教授として終身在職権を取得したのちに、その職を離れてなんとハリウッドに飛び(!)、
長年映画制作に携わってきた、という異色のキャリアの持ち主です。
科学的な話の性質と、人を惹きつけるためのストーリーの語り方の両方を熟知したランディさんから、
科学を語るときに必要な「ストーリー」についてじっくりとお話を聞いていきます!
ランディ・オルソン(Randy Olson)プロフィール

1984年、ハーバード大学で生物学の博士号取得。1992年、ニューハンプシャー大学の海洋生物学の終身教授となる。

1997年、南カリフォルニア大学映画芸術学部で修士号を取得し、気候変動と科学教育に関する短編映画や長編ドキュメンタリーを執筆・監督。

サイエンスコミュニケーションのワークショップを主催し、科学者のための効果的なコミュニケーション戦略について広く執筆活動を行っている。

著書に『なぜ科学はストーリーを必要としているのかーーハリウッドに学んだ伝える技術』(日本語訳2018年発行)

科学を話すときには「問題解決」の形を取れ!効果的な「3部構造」とは

小池:本日はよろしくお願いします。
早速なのですが、そもそもランディさんはなぜ科学にはストーリーが必要だと考えているのでしょうか?

ランディ・オルソン氏:
この話の前に言っておきたいことがあります。
私は最近、『ストーリー』や『ストーリーテリング』という言葉をあまり使わないようにしています。
『ストーリー』という言葉には多くの先入観があり、科学の世界に生きる人たちの多くはこの言葉を、ハリウッドの狂った冒険映画などと関連づけてしまうことがあるでしょう。
科学にとって正確さは全てですが、ハリウッドでは物語の正確さなんて全く気にされません。
そういう意味で、科学者たちが「ストーリー」という言葉に対して恐怖心を持つのは理解できます。

小池:「ストーリー」という言葉を使った時点で敬遠されてしまう、という空気感は僕にも心当たりがあります。
科学の現場では事実と解釈を分けて語ることを非常に重要視されますよね。
それでは、ランディさんがハリウッドの現場で磨いてきた技術はなんと呼べば良いでしょうか?

私たちは「3部構造」について重点を置いています。
3部構造というのは、「セットアップ、プロブレム、ソリューション」という3つのセクションに分けられます。
科学者の話はこの構成を中心に作られる必要があると、私は考えています。

まず「セットアップ」では、前提となる知識について合意を形成します。
次に「プロブレム」のセクションでは、問題を提起することで物語を始めます。
最後の「ソリューション」では、問題に対して取られる行動や解決策を提示します。
この3部構造が基礎となって、論理、理性、議論、ジョーク、そして科学的方法などの話が追加されていきます。
つまるところ、これらは全て問題の解決策を探す過程で起こる一連の出来事なのです。
だから私が科学者にコミュニケーションのトレーニングをするときは、その人が取り組んでいる問題が何なのか、特定をすることから始めます。
そこから、問題の解決策を探すための長い旅を始めるのです。

小池:「前提を整理したのち、問題を定義し、それに対する解決策を探しにいく」という構造なのですね。
このような形をとるメリットは、どこにあるのでしょうか?

すべてのコミュニケーションにおいて、問題は最も重要です。
なぜなら、人の脳は問題解決マシーンだからです。
私たちは、問題を解決するようにできている生き物です。だから人はゲームをしたり、パズルをしたりするのです。
議論やジョークを含めた全ての行動が、問題解決のダイナミズムを中心に構築されているのです。
ストーリーテリングや科学的な議論も、問題解決のための一つの方法に過ぎません。

このことから、話の構造を問題解決の形にすることの重要性がわかります。
問題から解決策への旅にオーディエンスを連れて行かないのであれば、それは単なる情報のリストになってしまいます。
ここが、「物語的か非物語的か」を分ける分岐点になります。非物語的なものがデフォルトです。
人々がプレゼンテーションのアイデアをまとめ始めるとき、単に”and” で多くの情報をつなげてしまうことが多いですよね。
これは出発点としては問題ありませんが、3部構造にするのであればここから多くの作業が必要になります。
「アンド・アンド」構造では、問題は提起されません。そして、脳を活性化させるのは問題です。
だから、「セットアップ・プロブレム・ソリューション」の3部構造を取ることが非常に重要なのです。

伝わらない話をし続ける科学者たち

小池:問題解決の形で情報を提示することの重要性がよくわかりました。
その一方で、例えば科学者同士の会話のように、前提となる問題や知識を共有している場合はそこまで文章構造に気を遣う必要はないように思えますが、そこについてはどう思いますか?

コミュニケーションの専門家は常に「話し手はオーディエンスを知る必要がある」と言います。
収入や態度などさまざまな属性がありますが、そのほとんどはノイズです。
より単純な形で、目の前にいる聴衆は「Inner circle(内側の円)」と「Outer circle(外側の円)」のどちらに所属しているのか、を把握することが何よりも重要です。

「Inner circle」とは、あなたが行っていることのセットアップ(前提知識)をすでに知っている人々のことです。
具体的には、研究室のメンバーや同僚の専門家を指します。
Inner circleにいる人たちと話す時、あなたは自分が研究している細胞膜の分子構造のことを説明する必要はありません。
実際、これらの詳細をいちいち説明しだすと彼らは迷惑に感じるでしょう。

この場合、あなたは膜の分子を説明するのに時間を費やさずに済む、という利点があります。
さらに、あなたが何をしているかを彼らに伝え、1つのグラフを見せれば、「おおなんてことだ、このデータを見ろよ!」といった風にすぐに理解してくれるでしょう。
彼らはその分野を知り尽くしているので、研究成果を一つでも達成できれば、その意義について説明せずともすぐにわかってくれる。
パブに行って一緒にビールを飲みながら、自分の研究について語り合いたい人たちですね。

でも、最初に考えないといけないことは、このグループは「本当は」どれくらいの規模なのか?ということです。
もし専門分野についてオーディエンスがよく知らなければ、あなたの話に彼らはただただぐったりしてしまい、混乱し、最後には適当に「素晴らしい研究だ」などと言って同意するだけでしょう。

重要なのは、その分野の背景(すなわちセットアップ)を完全に理解している人はほとんどいない、ということです。

私は生物学の教授として終身在職権を得ており、この業界がどのように機能しているかを知っています。
そして、人々を混乱させ退屈させるようなプレゼンテーションをすることは、非常に非効率的であり、人々の助けにはなっていないことも分かっています。
毎週、ゲストの研究者がラボのセミナーで話す時間は辛いものでした。
その場にいる誰もが、ゲストの発表を理解できていなかったのですから。
全員が混乱しているのに、誰も発言せず、ただ座って頷いているばかりなのです。
当日には誰もが「素晴らしい研究だ」というが、翌日には「何一つ理解できなかったけど、何も伝わってないと発表者に言いたくはなかったんだ」と口々に言うのです。

多くの失敗したコミュニケーションの努力において、話し手は「Inner circle」の人たちに話すのと同じように「Outer circle」の人に向けて話してしまっています。
それではうまくいきません。
Outer circleに属する人たちに話を聞いてもらうには、セットアップ、プロブレム、ソリューションの3部構造が必要なのです。

研究が伝わることによる喜び "LIZ moment"

ここで、とある科学者の例を挙げましょう。私たちはこの話を 「リズの瞬間(LIZ moment)」と呼んでいます。

リズ・フート(Liz Foote)は海洋保護科学者なのですが、自身のプレゼンテーションにこの3部構造を使ったところ、3つのことが起こったと私にメールを書いてくれました。
1つ目は、プレゼンテーションのリハーサルがしやすくなったこと。
2つ目は、彼女がプレゼンを行ったとき、オーディエンスは自分が持っているPCやスマホを見るのではなく、彼女の方を見ていたこと。
そして3つ目は、その後の数日間で、プレゼンを聞いたオーディエンスが、ソーシャルメディア上で彼女の基本的なメッセージを再掲しているのを見たことです。
いつもならSNSのコメントは曲解されたり、話がゴチャゴチャになったりするのですが、今回はオーディエンスが彼女のメッセージをはっきりと受け止めたのです。
その経験から、彼女は3部構造を用いて話すことを強く信じるようになりました。

私たちは、そのような経験をより多くの人たちにもたらす必要があるのです。

一朝一夕では作れない「構造の実践」

「セットアップ、プロブレム、ソリューション」という構造は一見単純なようにも見えますが、これを実践することは非常に難しく、時間がかかることだとランディさんは言います。

昨年11月、とあるトップ科学者が大きな講演の準備について私に助けを求めてきました。
彼は何度もZoomで私に講演を行い、その都度私は講演を再構成するためのコメントを与えました。
彼は今年の6月末に講演を行い、後で私に『これまでで最高の講演でした!素晴らしいトレーニングでした』とメールを送ってきました。

私たちは6ヶ月もの間発表の準備をしてきましたが、彼はプレゼンテーションにこれほどの時間をかけたことはなかったと言います。
キャリアを通じて、彼はいつも発表の前日の夜にプレゼンテーションをまとめていたのです。

小池:「発表前日の夜に準備をする」、自分自身にも心当たりがあります…

科学の世界では日々多くのことが起こっているので、誰もが忙しすぎるのです。
発表前日の夜にすべてをまとめることは出発点としては問題ありませんが、良い物語構造を得るには多くの時間がかかります。
脚本や物語を作った経験のない科学者たちは、「内側の円」で話している経験をもとにして「自分は物語を語るのが上手い」と考える傾向にあります。
しかし、実際にはそうではありません。
人々の興味を惹きつけ、力強く説得力のある物語を構築するには、多くのスキルと練習が必要なのです。


キャリアや経験に大きな差があるとはいえ、ランディさんのお話は筆者にとっても非常に共感でき、腑に落ちるものばかりでした。
科学を語るときには正確性が非常に重んじられるため、ストーリーという言葉には直感的に「危ないかも」と思ってしまう、という感覚はとてもよくわかります。
その上で、ストーリーの「話の構造」に注目して3部構造に発展させ、科学者が利用できる形で提示したランディさんの取り組みには感服します…
しかし、3部構造は決して「すぐに伝わる話を構築できる魔法のツール」ではなく、伝わる話を作り上げるには多くの時間と工夫が必要である、というお話もまた重要な点です。
日々忙しい研究生活を送る科学者の方々が、さらに「伝わる話を構築する」というタスクを負うのはもしかしたら難しいのかもしれません。そのときに、私たちのようなサイエンスコミュニケーションを担う人材の役目が出てくるのでは、とも感じます。
今回のランディさんのインタビューを糧として、私たちの活動もより力を強めていければと思います。ランディさん、この度はありがとうございました!

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