ーー今回はアルダセンターでの取り組みについて伺います。アルダセンターでは科学者のコミュニケーショントレーニングをどのように行っていますか?
ローラ氏:
私たちのプログラムのルーツは即興演劇(インプロ)で、場に参加して人と繋がることが狙いです。その場にいる人たちとの間に橋をかけ、その場のエネルギーに共鳴することに近いですね。インプロそのものは、アラン・アルダ*を育てたヴァイオラ・スポーリンが、移民社会のアメリカへ移民が同化をするのを助ける手法として開発したものです。
*アラン・アルダ(Alan Alda):
アメリカ合衆国の俳優・脚本家・監督。2009年にアルダセンターを設立。
自身が出演・脚本・監督を務めたコメディ番組『M*A*S*H』は、アメリカのテレビドラマ史上最高視聴率を記録している。
科学分野にも高い関心を持ち、1993年から2005年までテレビ番組『Scientific American Frontiers』のホストを務め、数多くの科学者たちと対話を重ねた。
ーー即興演劇を用いたコミュニケーショントレーニング、とても興味深いですね…!そのようなトレーニングは、科学者にどのような影響を与えるのでしょうか?
インプロを使ったトレーニングは、科学者にとって「自分はうまくコミュニケーションをすることができる」という自信につながり、コミュニケーションしたいという気持ちを高めてくれます。私たちは今まで1万8千人以上の科学者を対象にトレーニングを行ってきましたが、ワークショップがコミュニケーションに影響を与える要因を、測定し分析する研究も現在進めています。
また、プログラムを受けた科学者へのアンケート結果から、「科学者はコミュニケーショントレーニングを通じて科学の喜びを再発見する」ということがわかりました。科学者たちが元々科学に興味を持った出発点は、決してつまらないものではなかったはずですよね。科学が創造的で知的だから、彼らは科学の世界に足を踏み入れたのです。でもいざ科学者になると、経理や多くのスタッフを抱える研究室の運営など、研究外のさまざまな作業に忙殺されてしまい、それらの喜びをしばしば忘れてしまいます。
ーー確かに、研究に関わる事務的な作業によって本来の喜びを失ってしまうことはありえますね。
アルダセンターのトレーニングを受けると、科学者たちは自分自身が本来抱いていた科学の「喜び」を思い出すのです。また、トレーニングを受けた科学者には、自身のモチベーションの向上だけでなく、周囲の人間や組織全体を刺激する効果も現れているようです。私たちは、トレーニングを継続的に利用している機関などから、そのような嬉しい反応を多く受け取っています。
コミュニケーションのトレーニングを通じて科学者が科学の喜びを再発見できる、という視点は、今までの私たちにないものでした。
問題意識からサイエンスコミュニケーションを始めるのではなく、このようなポジティブな側面からスタートすることは、もしかしたら今後を開く鍵となりうるのかもしれません。
私たちはさらに、サイエンスコミュニケーションを考える上で重要な、科学者と一般の人々の間に横たわる「科学の認識の違い」についても興味深いお話を聞くことができました。
ーーアメリカでは、「科学」というものに対して一般の人と科学者との間にどのような認識の違いがありますか?
科学者は科学に対して、非科学者とは全く異なる視点を持つ傾向があります。
私たちは以前、アメリカの科学者たちに「科学をブランドとして捉えた時にどのような事柄を連想するか?」を調査したところ、物理学や化学などの分野の科学者は特に、科学を「喜び」として捉えていたのです。つまり、彼らは科学的なプロセスに喜びを感じているのです。
一方で、科学に携わっていない人たちは全く逆です。アメリカの一般の人々は、科学を「希望」だと感じていて、結果には関心を寄せますがプロセスにはこだわりません。
アルダセンターとNPO団体ScienceCountsによる調査結果。
科学者は科学に対して「喜び」を感じる傾向があるのに対して、一般の人は「希望」を感じる傾向がある。
(詳細:https://sciencecounts.org//home/leal/domains/leal.or.jp/private_html/test/wp-content/uploads/2019/06/Assessing-Scientist-Willingness-to-Engage-in-Science-Communication.pdf)
ーー科学の捉え方について、「プロセスについての喜び」と「成果についての希望」という認識の差があるのですね。
このことは、サイエンスコミュニケーションにおいても理解しておくべき大切な点です。
例えば科学者が基礎研究について伝えようとすると、一般の人はどう受け取ったらいいか分からず困惑してしまいます。なぜなら、一般の人は基礎研究のことを「応用科学の原動力となる研究」ではなく「単純な研究」である、と認識しているからです。このようなことを防ぐため、コミュニケーションをするときには、伝えようとする相手が科学についてどのように認識しているか、を考えることが重要です。
ーーなるほど。サイエンスコミュニケーションでは、まず伝えたい相手について事前に考えないといけないのですね。
アルダセンターでは、科学者自身の立ち位置を明確にし、「あなたがリーチしようとしている相手は誰で、何を知っていて、何に関心を持っているのか?」について意識できるようにトレーニングをします。その上で、相手と有意義な交流、つまりコミュニケーションをするためには何をすれば良いのかを考えるのです。コミュニケーションは「コミュニティ」という言葉からきています。だから、コミュニケーションとは、人に向かって情報をまき散らすことではなく、「人と一緒にいること」だと考えています。科学のプロセスではなく結果を気にしている人たちに対して、どのようにつながりを持てるでしょうか?ここには、マインドセットの切り替えが必要ですね。
ーー科学者と一般の人々のどちらが科学を正しく理解できているか、という話ではなく、互いの価値観の違いを踏まえた上でより良いコミュニケーションをする方法を考えることが大切なのだと感じます。
コミュニケーション研究の場では、「相手に何をどうみせるか?」ということを「フレーム」と呼んでいます。私たちは、科学者が希望を重視する人たちに向けて研究を届けるには、どのようにフレームを作れば良いのかについて研究し、トレーニングに適用しています。科学者は、科学のプロセスが好きで、早く次の論文を読みたい、次の実験をやりたいと考えます。しかし、リーチしたい相手がプロセスについて関心を持っていない場合、どうやれば自分の研究に関心を持たせることができるでしょうか?自分の研究を、科学者ではない人たちの目を通して見なければいけないのです。
「科学のプロセス」という概念は、今まで私たちが行ってきたサイエンスコミュニケーションに関するインタビューでも、共通して浮かび上がってきたものです。科学者が日々行っている科学のプロセス、その実際と生まれる「喜び」に、サイエンスコミュニケーションについての鍵があるような気がしてきました。引き続き、LeaL は学びを深めていきます!
ローラさん、貴重なお話、ありがとうございました!
執筆:Ann Yamamoto、小池 拓也