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2022.05.30

アメリカのサイエンスコミュニケーション最先端事情【前編】 トレーニングの開発者が考える、サイエンスコミュニケーションの必要性とは

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2022年3月、私たち一般社団法人LeaLは、アメリカのニューヨーク州立大学ストーニーブルック校Alan Alda Center for Communicating Science(以下アルダセンター)の所長であるローラ・リンデンフェルド(Laura Lindenfeld)さんへのインタビューをオンラインで行いました。アルダセンターは、アメリカで最も著名な俳優の1人であるアラン・アルダ(Alan Alda)氏が2009年に設立した、科学者のためにコミュニケーショントレーニングを提供する団体です。プログラムにはこれまでに1万8千人以上の科学者が参加し、アメリカのサイエンスコミュニケーションの最先端を走っている機関です。
大きな意味では「科学を伝える」役割を持つサイエンスコミュニケーションは、日本ではまだあまり多くの人に重視されていません。これからの学びとしてサイエンスコミュニケーションに注目している私たちは、アメリカのサイエンスコミュニケーションの現状と、その成果についてお話を伺いました。
ローラ・リンデンフェルド(Laura Lindenfeld)所長プロフィール:
アルダセンター所長兼コミュニケーション・ジャーナリズム学部長
カリフォルニア大学デービス校にてCultural Studiesの博士号取得。
アルダセンターでは、明確な科学コミュニケーションを推進するための研究と実践を実施することで、国際的なリーダーシップを発揮している。

科学者がサイエンスコミュニケーションをするべきいくつかの理由

ーーまず、「サイエンスコミュニケーション」という言葉についてお聞きしたいのですが、アルダセンターはこの言葉をどう定義しているのでしょうか?

ローラ氏:
「サイエンスコミュニケーション」は科学者と一般の人たちとのコミュニケーションと思われがちですが、私たちは「科学に関するあらゆるコミュニケーション」だと捉えています。科学者同士の学際的なチームや共同作業から、政策分野での科学やメディアにおける科学まで、科学とコミュニケーションがあるところなら全て「サイエンスコミュニケーション」に含まれます。ここでいう「科学」とは、STEM、つまり科学(Science)、技術(Technology)、工学(Engineering)、数学(Mathematics)のことですね。

ーーその中でアルダセンターは科学者を対象にしたコミュニケーショントレーニングのプログラムを数多く実施していますが、なぜ科学者がコミュニケーションに力を入れる必要があるのでしょうか?

現代社会の中で、科学が関与していないものはありません。私たちの社会が抱えている、たくさんの差し迫った問題について考えるとき、科学の観点は非常に重要です。その意味で科学について適切に伝えることは、これからの社会を動かす上で欠かせないことです。
アルダセンターでは、科学はこの地球上で私たちが暮らすための基盤であり、科学者が変革の担い手として役割を果たすべきだと考えています。科学者自身がコミュニケーションを行ったり、コミュニケーターと協力したりするなど、やり方はいくつかありますが、いずれにしても社会で行われているサイエンスコミュニケーションの全てのプロセスに科学者が関与することが望ましいですね。

ーーこれからの社会について考えると、科学者は今まで以上に社会に関わっていく必要があるということなのですね。

ほかにも科学者がサイエンスコミュニケーションを行う理由はあります。
一つは研究資金について理解をしてもらうということです。科学者が政府から得ている研究資金は、元を辿れば有権者からのものです。自身の研究への資金提供に関心がない科学者はいないでしょうから、この意味でもサイエンスコミュニケーションは科学者にとって些細なことではないはずです。
また、若い世代に科学者を目指してもらうためにも、サイエンスコミュニケーションは重要ですね。特に科学者が優秀な若者に科学者を志してほしいのなら、なおさらです。人々に科学により関心を持ってもらい、科学者になりたいと思ってもらったり、科学を学ぶ価値を感じてもらうためには、文化の中に科学を浸透させ、多くの人々を巻き込んでいくことが不可欠です。

ーーしかし日本では、科学者が一般の人たちと直接コミュニケーションを行う場面はまだまだ少ないです。

2009年にアラン・アルダ*がアルダセンターを設立した時、全ての科学者がこの取り組みに賛同したわけではありません。なので日本の現状をお聞きすると、10〜15年前のアメリカもこんな感じだったなと思います。私が6年前に所長に就任した当時のワークショップでも、まず科学者に自身のコミュニケーションについて主体性を持ってもらうことが必要でした。

*アラン・アルダ(Alan Alda)氏:
アメリカ合衆国の俳優・脚本家・監督。
自身が出演・脚本・監督を務めたコメディ番組『M*A*S*H』は、アメリカのテレビドラマ史上最高視聴率を記録している。
科学分野にも高い関心を持ち、1993年から2005年までテレビ番組『Scientific American Frontiers』のホストを務め、数多くの科学者たちと対話を重ねた。

しかし、今はその必要がなくなりました。アメリカの多くの科学者たちは、コミュニケーションを科学者としての活動の一部だと感じており、コミュニケーションの価値を認めています。
もちろん、科学者は自身の研究活動をする必要があります。しかしそれは、コミュニケーションと相反するものではありません。アメリカでは、特に若い科学者が、自分たちの職業のアイデンティティの一部として、コミュニケーションの必要性を理解していると感じています。

アラン・アルダの存在と、日本でのサイエンスコミュニケーション普及の鍵

ーーアメリカの科学者たちがそのようにコミュニケーションの必要性を感じるようになった背景には、何があるのでしょうか?

アラン・アルダのような著名人がこの活動を支援してくれることは大きいですね。彼の活動は、科学者が自身の活動の一部としてコミュニケーションを意識し、科学と社会の関係を考えることに大きな影響を与えました。人々が尊敬するオピニオンリーダーの存在はとても大切なことです。2016年にアラン・アルダが全米科学アカデミーなどから表彰されたことも、科学者のコミュニケーションへの関心を高めましたね。

ーー日本でサイエンスコミュニケーションを普及させるためには、何が鍵となると思いますか?

アメリカとは少し状況が異なりますが、日本の科学者がコミュニケーションに関心を持つための動機や、それを阻んでいる障壁、またその乗り越え方について考える必要がありますね。
重要なのは、道を切り開き、他の人たちを刺激し、対話を形成するリーダーとなる10%の「早期導入者(early adoptors)」を見つけることです。この流れはアメリカでも起こったことです。日本特有の文化的背景の中でコミュニケーションを普及させるためには、科学者自身が自分の活動が社会にとってどのような役目を持っているのかを理解することが必要ですね。

アルダセンターとNPO団体ScienceCountsによる調査結果。
科学者を7つのグループに分け、アウトリーチ活動への意欲を内容ごとに7段階で評価してもらったところ、いずれも高い意欲を持つ傾向が見られた。
(詳細:https://sciencecounts.org//home/leal/domains/leal.or.jp/private_html/test/wp-content/uploads/2019/06/Assessing-Scientist-Willingness-to-Engage-in-Science-Communication.pdf

今回ローラ所長にお話しをお聞きする中で、私たちは科学と科学者という存在が今後の社会で担う役割の重要性を再認識しました。そして、科学がより適切に、そして活発に営まれるためにも、サイエンスコミュニケーションはとても重要だと感じます。このインタビューを踏まえ、私たちLeaLもサイエンスコミュニケーションのためにできることを積極的に模索していきます。
後編では、アルダセンターの取り組みによって科学者に現れる「ある変化」、そして科学者と一般の人々の間にあるギャップについて考えます。

執筆:Ann Yamamoto、小池 拓也

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