ーーまず、「サイエンスコミュニケーション」という言葉についてお聞きしたいのですが、アルダセンターはこの言葉をどう定義しているのでしょうか?
ローラ氏:
「サイエンスコミュニケーション」は科学者と一般の人たちとのコミュニケーションと思われがちですが、私たちは「科学に関するあらゆるコミュニケーション」だと捉えています。科学者同士の学際的なチームや共同作業から、政策分野での科学やメディアにおける科学まで、科学とコミュニケーションがあるところなら全て「サイエンスコミュニケーション」に含まれます。ここでいう「科学」とは、STEM、つまり科学(Science)、技術(Technology)、工学(Engineering)、数学(Mathematics)のことですね。
ーーその中でアルダセンターは科学者を対象にしたコミュニケーショントレーニングのプログラムを数多く実施していますが、なぜ科学者がコミュニケーションに力を入れる必要があるのでしょうか?
現代社会の中で、科学が関与していないものはありません。私たちの社会が抱えている、たくさんの差し迫った問題について考えるとき、科学の観点は非常に重要です。その意味で科学について適切に伝えることは、これからの社会を動かす上で欠かせないことです。
アルダセンターでは、科学はこの地球上で私たちが暮らすための基盤であり、科学者が変革の担い手として役割を果たすべきだと考えています。科学者自身がコミュニケーションを行ったり、コミュニケーターと協力したりするなど、やり方はいくつかありますが、いずれにしても社会で行われているサイエンスコミュニケーションの全てのプロセスに科学者が関与することが望ましいですね。
ーーこれからの社会について考えると、科学者は今まで以上に社会に関わっていく必要があるということなのですね。
ほかにも科学者がサイエンスコミュニケーションを行う理由はあります。
一つは研究資金について理解をしてもらうということです。科学者が政府から得ている研究資金は、元を辿れば有権者からのものです。自身の研究への資金提供に関心がない科学者はいないでしょうから、この意味でもサイエンスコミュニケーションは科学者にとって些細なことではないはずです。
また、若い世代に科学者を目指してもらうためにも、サイエンスコミュニケーションは重要ですね。特に科学者が優秀な若者に科学者を志してほしいのなら、なおさらです。人々に科学により関心を持ってもらい、科学者になりたいと思ってもらったり、科学を学ぶ価値を感じてもらうためには、文化の中に科学を浸透させ、多くの人々を巻き込んでいくことが不可欠です。
ーーしかし日本では、科学者が一般の人たちと直接コミュニケーションを行う場面はまだまだ少ないです。
2009年にアラン・アルダ*がアルダセンターを設立した時、全ての科学者がこの取り組みに賛同したわけではありません。なので日本の現状をお聞きすると、10〜15年前のアメリカもこんな感じだったなと思います。私が6年前に所長に就任した当時のワークショップでも、まず科学者に自身のコミュニケーションについて主体性を持ってもらうことが必要でした。
しかし、今はその必要がなくなりました。アメリカの多くの科学者たちは、コミュニケーションを科学者としての活動の一部だと感じており、コミュニケーションの価値を認めています。
もちろん、科学者は自身の研究活動をする必要があります。しかしそれは、コミュニケーションと相反するものではありません。アメリカでは、特に若い科学者が、自分たちの職業のアイデンティティの一部として、コミュニケーションの必要性を理解していると感じています。
ーーアメリカの科学者たちがそのようにコミュニケーションの必要性を感じるようになった背景には、何があるのでしょうか?
アラン・アルダのような著名人がこの活動を支援してくれることは大きいですね。彼の活動は、科学者が自身の活動の一部としてコミュニケーションを意識し、科学と社会の関係を考えることに大きな影響を与えました。人々が尊敬するオピニオンリーダーの存在はとても大切なことです。2016年にアラン・アルダが全米科学アカデミーなどから表彰されたことも、科学者のコミュニケーションへの関心を高めましたね。
ーー日本でサイエンスコミュニケーションを普及させるためには、何が鍵となると思いますか?
アメリカとは少し状況が異なりますが、日本の科学者がコミュニケーションに関心を持つための動機や、それを阻んでいる障壁、またその乗り越え方について考える必要がありますね。
重要なのは、道を切り開き、他の人たちを刺激し、対話を形成するリーダーとなる10%の「早期導入者(early adoptors)」を見つけることです。この流れはアメリカでも起こったことです。日本特有の文化的背景の中でコミュニケーションを普及させるためには、科学者自身が自分の活動が社会にとってどのような役目を持っているのかを理解することが必要ですね。
今回ローラ所長にお話しをお聞きする中で、私たちは科学と科学者という存在が今後の社会で担う役割の重要性を再認識しました。そして、科学がより適切に、そして活発に営まれるためにも、サイエンスコミュニケーションはとても重要だと感じます。このインタビューを踏まえ、私たちLeaLもサイエンスコミュニケーションのためにできることを積極的に模索していきます。
後編では、アルダセンターの取り組みによって科学者に現れる「ある変化」、そして科学者と一般の人々の間にあるギャップについて考えます。
執筆:Ann Yamamoto、小池 拓也