小池:ヌートカ語の面白い特徴のひとつに、「名詞と動詞の区別が曖昧」というものがあるんですよね。
中山俊秀さん:
日本語の場合、名詞は活用しないけれど動詞は「働く→働いた」のように現在と過去とで活用が変わりますよね。
日本語だけでなく、意味や活用の有無などによって品詞が区別されるというのはどの言語でも広く見られています。これは世界中の言語に当てはまるだろうと言われてきました。
小池:中学校の国語の授業で習ったのを思い出しました。
でもヌートカ語では、名詞的な意味を持っている語、例えば「人」や「男」という単語が動詞のように振る舞う、つまり名詞が活用することがあるんです。
瀬戸:どういうことですか!?
たとえば「人」という名詞を無理やり日本語で再現して活用させるならば、「人る」「人った」のように現在形とか過去形の変化を受けるということです。
小池:名詞が過去形になるって、それは名詞と言えるんですか?
不思議ですよね。
言語学では活用の有無や活用の仕方の基準があり、それに照らし合わせることで単語の品詞を決めることになっています。国語の授業では「こういう活用をするなら動詞、こういう活用は形容詞」と学ぶ訳ですね。
ヌートカ語にその基準を当てはめようとすると、意味的には名詞だけど動詞にしか当てはまらないはずの活用が当てはまってしまう単語があるんです。
小池:ちなみに「人る」はどんな意味になるんですか?
「小さい子がだんだん立派になって一人前になる」といったニュアンスです。
「彼は一人前になってきた」と言いたい時にヌートカ語では「彼は人ってきた」という表現をします。
小池:「人ってきた」と聞くと、極限まで壊れた若者言葉に聞こえなくもないですよね
そうですね。日本語でもそれに近い表現が使われることがあって、「山田君がいつもしでかすこと」という意味で「山田ってる」のような表現を使うこともありますよね。「スタバる」など、固有名詞だとそういう遊びもできますね。
小池:「タピる」とかも言いますね。面白いですね。
こういったヌートカ語の表現は、単語の振る舞いの面白さを示すものであると同時に、品詞を区別する基準に疑問を投げかけるものでもあります。
「ヌートカ語は名詞が動詞のように振る舞ってしまう」と説明しなくてはいけないのは、「活用によって名詞と動詞を区別する」という決め事があるからなんです。
小池:現状の言語学のルールが全ての言語に当てはまらないだけかもしれないんですね。
本編では、ヌートカ語の面白さやその研究プロセスから言語と思考の仮説に関するお話しまで広く言語についてお話を伺いました。
また、東京外国語大学の副学長でもある中山さんに東京外大の魅力を教えてもらうエピソードも公開していますのでお好きな回からぜひお聴きください!