2022.10.28

サイエンスコミュニケーションは「社会的な対話」である――バイオトピア創設ディレクター マイケル・ジョン・ゴーマンさんインタビュー【前編】

〈 前の記事へ
コロナ禍において、科学に対する信頼が揺らいだと考える人は多いのではないでしょうか。この状況はドイツでも同じだったようです。今回は現在開発中の博物館「バイオトピア」の創設ディレクターであるマイケル・ジョン・ゴーマンさんに、コロナ禍においてドイツでは何が起こったのか、科学への信頼を取り戻すためには何が必要なのか伺いました。
マイケル・ジョン・ゴーマンさんプロフィール:バイオトピア(BIOTOPIA Naturkundemuseum Bayern)の創設ディレクター、ルードヴィヒマキシミリアン大学ミュンヘン教授。専門は「社会における生命科学」。トリニティ カレッジ ダブリンのサイエンス・ギャラリーの創設者兼CEOでもあり、2020年には「Idea Colliders: the Future of Science Museums」 を出版。(写真:BIOTOPIA)

サイエンスコミュニケーションは「科学をめぐる社会的な対話」

――まず、マイケルさんにとってサイエンスコミュニケーションとは何でしょうか?

マイケル・ゴーマン氏:
サイエンスコミュニケーションは、これまで専門家である科学者が何も知らない一般の人々に対して物事を単純化して教えるという、一方的なプロセスだと捉えられてきました。しかしサイエンスコミュニケーションに関わる人は他にもいるので、その考え方は科学者だけに役割を押し付けていることになります。
私が関わっているサイエンスコミュニケーションの場では、多様な関心を持つすべての関係者の間でコミュニケーションが生まれています。最近はある雑誌の記事でもサイエンスコミュニケーションを「科学をめぐる社会的な対話」と定義しており、まさに同じ考えですね。

――サイエンスコミュニケーションにおいて、例えばどのような関係者がいるのでしょうか。

気候変動の関係者を考えてみましょう。化石燃料関連の企業は気候変動に関する課題解決を推進しようとしています。さらに環境関連の活動団体、NGO、政府、そしてもちろん科学者もこの課題に関わっています。
科学者がサイエンスコミュニケーションに効果的に関わるためには、これらすべての関係者に目を配る必要があります。だからサイエンスコミュニケーションを「社会的な対話」だと考えることが重要だと考えます。科学は科学者だけから発信されるものではなく、科学好きの人々だけに伝えるものでもありません。

なぜコロナ禍でドイツの人々は混乱したのか?

ーー科学に興味をもっていない人々とコミュニケーションを取ることも重要ですね。

サイエンスコミュニケーションを考える上で大切な視点がもう1つあります。それは“科学がどう理解されているか”ということです。この2年間、新型コロナウイルス感染症をめぐってサイエンスコミュニケーションに大きな失敗がありました。科学の何が正しくて、何が正しくないのか、ドイツの人々は混乱したのです。
その混乱は、人々が科学に対してもつ誤ったイメージから生まれました。学校教育では「科学は事実であり、確実なものである」と教えられているからでしょう。
コロナ禍の当初、科学者は「手を洗っていれば大丈夫。マスクをする必要はない」と言っていました。しかしその後「実際にはマスクは効果的だ」と主張を変えました。「科学とは事実であり、確実なもの」というイメージが染み付いた人々にとって、科学者が考えを変えることはどこか不誠実であるように思えたのです。

――日本の学校教育でも「科学とは確実なもの」と教えられていると思います。

科学を確実性のあるものと捉えるのではなく、探究のプロセスとして扱うサイエンスコミュニケーションのアプローチが必要だと思います。また科学者は「科学が真実である」と声を大にして伝えようとするのではなく、人々の懸念や関心に寄り添うことも必要です。
大事なのはサイエンスコミュニケーションを情報伝達の手段ではなく、多様な人々との異なる視点による対話であると理解することです。科学者は大きな対話の一部分を担っているに過ぎないのです。

マイケルさん「人々の懸念や関心に寄り添うことも必要。」

「科学は確実性があるもの」という誤ったイメージを変える

――日本でも、コロナ禍において科学者の発言に注目が集まることが増えました。

ドイツでも様々なことが起きました。
1つはウイルス学者であるクリスチャン・ドローステンが科学スターとして脚光を浴びるようになりました。彼は抗原検査の開発に携わっており、ポッドキャストなどで一般向けに情報を発信しています。
もう1つは物理学者が疫学について発言するなど、科学者が自身の専門以外の議論に加わることで混乱を招きました。専門分野が違う場合、その情報が有効とは限りません。
しかし多くの人々が「科学者の言っていることだから話を聞こう」と思ってしまうのです。それに伴い、「科学者から直接話を聞きたい」という新たなニーズも生まれました。反マスク・反ワクチン団体は、自分たちの主張の正しさを裏付けてくれる科学者を探しました。
これらのことが同時に起きたことにより、一般の人々は一体誰を信用すればいいのかわからなくなってしまったのです。

――科学を信頼していたからこそ、混乱を招いてしまったのですね。

私たちはこれまで科学に対して絶対的な信頼を寄せていました。でもそれは「科学とは確実性のあるものだ」という誤ったイメージに基づいています。
これからは「プロセスとしての科学」、「未知のものを探究する科学」への信頼が必要です。ではどうすれば「科学はすべて正しい」とは思い込まずに、プロセスに対する新しい信頼を得ることができるのか。私たちはいま、まさに試行錯誤の中にいるのです。


ゴーマンさんがおっしゃっていた「科学をプロセスとして捉える」ことは、LeaLがサイエンスコミュニケーションを実践する上で大切にしていることです。
ここ数年、政府から新型コロナの感染対策が発表されるたびに、科学者の言葉を引用した批判から陰謀論めいた意見までなされています。その状況を見ると、科学とは何なのか見えなくなることもあります。
しかしゴーマンさんのお話を聞いて、そもそも科学の知識は暫定的なものであり、信頼を寄せるべきは結果ではなくプロセスなんだと改めて考えるようになりました。意見や感情を「間違っている」と一蹴するのではなく、様々な人たちの気持ちに寄り添いながら科学に関する会話を生み出せるよう活動を続けていきたいと思います。
次回は、ゴーマンさんが現在開発に携わっている博物館「バイオトピア」の先進的な取り組みについてお話を聞いています。

執筆:Ann Yamamoto、佐藤春恵、小池拓也、瀬戸彩季

Twiterでこの記事をつぶやく
この記事をつぶやく
Facebookでこの記事をシェアする
この記事をシェアする
〈 前の記事へ